新一年生が高校に入学して早二ヶ月が経とうとしている。
ゴールデンウィークが明け、高校生でいる以上避けては通れない中間テストというものが目前へと迫ってきた。
高校球児と言えども高校生である。赤点をとっても免除されるなどということはなく、赤点をとればとったなりの処置が当然存在する。たとえその人がどんなに優秀な選手だったとしても、そのチームがどんなに優秀なチームだったとしてもそれだけは避けて通れるわけはなく、その為にテスト一週間前になれば一切の部活動が禁止される学校はめずらしくない。十二支高校も例に漏れずテスト一週間前の部活動は禁止されていた。
何も恐くない
「ありがとうございました」
練習が終わり整備されたグランドに威勢のいい野球部員達の声がこだまする。
「あ、そうそう二、三年は知っていると思うが定期試験で一教科でも赤点を獲った者は強制的に部を止めてもらうというのがこの部のルールだ。そういう訳だからしっかり勉強しろよ。幸い試験前の一週間は部活は禁止だからな、まぁせいぜいがんばれや。」
ポリポリと頭を掻きながら羊谷遊人はそういい残してグラウンドを去っていった。それと同時に一年生の間がざわめき立つ。一年の中には絶望のふちに立たされたような顔をしている者もいれば、さも当然であるかのように全く動じていない者もいる。多種多様のようだ。
一番危ない筈である猿野に至っては今にも死にそうな顔をしている。
「猿野君、がんばるっすよ。がんばれば四十点くらい獲れるっすよ」
そんな猿野を見かねてか子津が猿野の肩を叩きながら声をかける。
「そういうお前はなんだか余裕そうだな」
猿野が子津を睨み付ける。
「そっ、そんな事ないっすよ。僕だっていっぱいいっぱいなんすから」
ブンブンと手を横に振りながら慌てて子津が否定する。どうやら本気で心配のようだ、自然と振っている手に力が入っている。
「……バカ猿ともこれでおさらばだな」
横を通り過ぎると同時に犬飼があざ笑うように呟いた。
「おい、犬ッころ。今なんて言った、もっぺん言ってみろ」
「……バカ猿」
「何だやる気か、犬ッころ。なんならテストの点数で勝負してやってもいいんだぜ」
「結果が見えてる勝負だな、する必要ないだろ」
なんだとと猿野が怒りいつものように二人で喚きあっている。
「勝負だ、犬っころ。負けたほうが勝った方の言う事を聞くんだ。分かったな」
最終的に猿野がビシっと犬飼を指差し大きな声でそう叫ぶとわははと笑いながら部室のほうへと走っていった。
「勝手にしろ……」
犬飼はそう呟いたがすぐに辰羅川に声を掛けテストに向けての相談を始めたところを見るとなかなか乗り気なようだった。
グラウンドに一人取り残された子津はハァと溜息をつき、下を向いてとぼとぼと歩き始める。頭の中では羊谷の先ほどの言葉が交錯している。
赤点で退部……
ずっと野球一筋で勉強をあまりしてこなかった子津にとっては思ったよりもキツイ課題なのかもしれない。
子津がもう一度深く溜息をつくと背後から声が聞こえ、誰かに肩を叩かれた。
「子津君、テストのことを心配しているのかい」
子津が足を止め振り向くとそこにはキャプテンである牛尾が立っていた
。 「はいっす。ずっと野球一筋だったから勉強はあんまりできないっす」
子津が恥ずかしそうに顔を赤くし、溜息混じりにそう告げると牛尾はやさしく微笑んだ。
「まぁ、あまり固くならずに気を軽くしてごらん。緊張しすぎてもあまり良い結果は生まれないからね」
「はいっす。アドバイスありがとうございます」
子津は牛尾の笑みにつられるように微笑んだ。牛尾の笑顔につられ自分も微笑んだ事で強張っていた子津の気持ちは少しだけ柔らかくなったように感じた。
子津はもう一度有難うございましたと牛尾に告げてその前から去ろうとした、その瞬間牛尾はポンっと手を叩き何かをおもいついた仕草をする。 「そうだ、僕でよければ子津君の家庭教師をやってあげるよ」
牛尾のあまりに予期しなかった言葉に子津の動きが一瞬止まった。
「えっ、何を言ってるっすか。キャプテンだって自分の勉強があるのに悪くてそんなこと頼めないっすよ」
「いや、いいんだよ、僕が好きでやるんだ。僕の事を心配する必要はないよ。それとも僕に教わるのはいやかい、蛇神君や鹿目君の方がいいと言うのなら僕が彼らに頼んであげるけど」
牛尾にそう聞かれた子津は言葉につまり顔をあかくしながら一生懸命に顔を横にふり否定する。
「そんなことないっすよ。教えて頂けるならキャプテンが良いっす」
少し照れながらも子津がそう告げると牛尾はニッコリと笑った。
「じゃあ、決まりだね。早速これから僕の家で勉強しようか」
綺麗に片付けられた部屋、フローリングには傷一つなく、埃や塵も見当たらない。部屋の壁や棚には今までの栄光を示す数々の盾やトロフィー、賞状などが並べられている。本棚の本は作者があいうえお順に並べられて、牛尾の潔癖さを現していた。
牛尾はクッションをテーブルの前に置き、子津を座らせる。
「楽にしていて良いよ。今、紅茶でも持ってくるから」
「いえ、お構いなくっす」
子津がそうは言ったものの牛尾はそういうわけにはいかないと部屋を後にした。
子津はぐるりと部屋を見渡し、それにしても広い部屋っすね。と呟いた。あまりにも部屋が綺麗過ぎて逆になんだか落ち着かないようだった。一人できょろきょろと顔をあちらこちらへとむけていた。
ガチャリと音がして部屋の扉が開く。
「待たせてすまなかったね。」
牛尾はそう言うとラベンダーティーだよ、リラックスできるからと言い子津に紅茶を差し出す。
「さぁ、いきなりだけど何の教科から勉強しようか」
「じゃ、じゃあ一番苦手な英語から」
少し遠慮がちに子津は言うと緊張しなくて良いからと牛尾は言った。子津からしてみれば憧れの先輩が勉強を教えてくれると言うのだ、緊張するのと言うのが無理な話なのだ。
「英語が苦手なのかい。じゃあ、英語からだね。範囲はどこまでだか分かるかい」
子津は教科書を開き範囲を告げると早速勉強に取り掛かった。
子津がふと時計を見ると夜の九時を回っていた。
「そろそろ帰るっす。何にも連絡してなかったっすから親も心配してると思うっすから」
「そうだね。無理矢理に連れてきてしまったようだけど迷惑じゃなかったかな」
今更何を言っているのかとも思うが牛尾はすまなそうに俯いた。
「そんなことないっす。キャプテンの教え方が上手で分かりやすかったっすよ。よかったらこれから一週間お付き合いしてくださいっす。あ、勿論キャプテンが迷惑じゃなかったらでいいんですけど」
「もちろん、気にすることはないさ。可愛い後輩が困っている時に助けてあげるのが先輩の役割だからね」
牛尾はそう告げると、さぁ遅くなってしまうからそろそろ帰った方が良いよと言い立ち上がった。近くまで送るよと牛尾は言ったが流石にそこまでは迷惑は掛けられないと子津は頑なにそれを拒んだ。しかし牛尾も後には引かず結果根負けした子津が一番最初の曲がり角まで送ってもらうということになった。
「それじゃあ、キャプテン。ありがとうございました」
大きくお辞儀をして牛尾に別れを告げて角を曲がろうとした、その瞬間子津は腕を引っ張られ、グイっと体を引き寄せられてかと思うと牛尾にそっとキスをされた。
「今日頑張ったご褒美だよ。それじゃあ、気を付けて帰るんだよ」
牛尾が腕を離した途端、子津は逃げるように角を曲がった。
キスされたことよりも子津は自分の顔が熱くなったのが分かり、それが少し恥ずかしくて逃げるようにいってしまったのだ。当然牛尾はそんなこと百も承知で逃げられたなどとは微塵も思っていなかったのだが、子津は少し罪悪感を感じた。
歩き始めて暫く経ったがまだ子津の上気した頬は冷めそうになかった。もうすぐ家についてしまう、こんな赤い顔をしていたら家族になんて思われるのだろうという子津のあせる気持ちが余計に体温を上げた。
「顔が熱いっす」
子津は確かめるように頬に手を当てた。
「少し遠回りして帰るっすかね」
子津はそう呟いた。
あとがきと言う名の懺悔
初めての牛子です。
結構前に書いたので懐かしいですね。
お陰で時期はずれもいいトコです
いつかこの話の続きを書きたいですね。
テストを終了させてやらないと。
その前にこの青臭い文を少し直したいですが。
それよりも書きたい話が有るのでその後になるとは思うんですが……
それではここまで読んで下さった方有難うございました。
次もお付き合い頂ければ幸いです。
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