桜の枝の蕾がほんのりと色づく季節になった。
晴れた空に浮かぶ雲はゆっくりと流れていく。
高校生活最後の日、一宮は屋上のフェンスによりかかりぼんやりと空を眺めていた。
遠く体育館から校歌が聞こえてくる。どうやら卒業式が始まったらしい。
その瞬間、ガタンという物音が響き誰かが階段を上ってくる音がする。卒業式の最中でだれもいないはずの校舎にあってはならない音がする。先生が来てここで卒業式をサボっている事がばれるのは一宮にとって厄介な事だった。
一宮はポケットから手を出すと屋上のドアを睨みつけた。
ガチャと扉の開く音がする。
「あっ、一宮さん、こんな所にいたんすか。もう、いなくなっちゃうから随分と探しましたよ」
一宮が軽い緊張の眼差しで見つめていた先から顔を出したのは長戸だった。
「何だ、お前か」
一宮は気が抜けたのかくるりと振り返るとまたすぐに視線を空へと戻した。
「こんな所で何やってるんですか。もう卒業式始まってますよ」
「空見てたんだよ。ここも今日で最後だからな」
いつの間にやら長戸は一宮の隣に立っていた。
「空なんか見ておもしろいんすか」
「まぁ、お前には分からないかもな。それより何か用があったんじゃないのか」
「それなんですけど、部の方で送別会をするから卒業式が終わったら集まって欲しいそうですよ」
一宮は手の平をヒラヒラと宙で舞わせた。
「悪いな俺はパスだ、言っといてくれ。どうせお前は行くんだろう」
「そんな、最後なのに……」
長戸が悲しそうな顔をする。
一宮は「まぁな」と呟くと屋上のドアの方へ向かった。
「待って下さい」 長戸は声を荒げた。
「俺、もう一宮さんと会うつもりないですよ」
突然の長戸の告白に一宮はジロリと視線を長戸の方へ返した。
「何言ってんだよ。そんな事言ったって明日になったらまた電話掛けてくるんだろ」
一宮は「何の冗談だよ」と言ってドアノブに手を掛ける。
中に入ろうとした一宮の耳に何やらぼそぼそと長戸の呟く声が入り振り返った。
「いつも、そうだ……」
長戸の肩が小刻みに震えている
一宮は「何か言ったか」と長戸に聞き返す。
「いつもそうだって言ったんです。一宮さんはいつも俺に好かれてるって余裕たっぷりで、いつだって、一緒にいたいって思うのは俺だけで気持ちを伝えるのも俺だけなんだ。今だってそうだ、もう二度と会わないって言ったって引き止めてすらしてくれない。拒まないのは、一緒にいてくれるのは俺の事を好いてくれているからだと思ってた。でも言葉を貰った事なんて一度もなかった。凄く不安なんだよ。貴方はいつも俺に何も言ってはくれやしない」
一宮があっけにとられ、何も言い返す事が出来ずに佇んでいると長戸は最後の力を振り絞るように悲痛そうな面持ちで呟いた。
「俺は、もう疲れました。さよなら……」
長戸は勢いよく屋上を飛び出していき、一宮は一人屋上に取り残された。
「何なんだよ、……ったく」
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